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2019年06月19日 更新

縁を大切に、次世代のキャリアを支援。

岡山理科大学 キャリア支援センター コーディネーター 多田 章利

岡山県にある、 岡山理科大学 キャリア支援センター コーディネーター 多田 章利さんに、お話を聞いてきました。

1大手メーカーをリタイア後、現在は若者のキャリアを支援。

丸尾

多田さんは現在、どういった活動をされていますか?

多田

長年勤めた会社(元、カバヤ食品取締役総務部長)をリタイアいたしましたので、今は常勤ではなく非常勤で幾つか仕事をさせていただいてます。その1つが、この岡山理科大学の仕事です。産学連携という部署と、キャリア支援センターという部署に籍を置いています。

そして高校生の就活支援として岡山県の県立高校3校にて、就職アドバイザーとして就職支援の仕事もしたり、大阪にあるキャリア支援をしているカフェ(キャリぷら)で講師をしています。
その他には、ベクトル大学の学長という肩書でもありますね。

丸尾

ベクトル大学は、社会人向けのイメージがありますが。

多田

そうですね。社会人の教育ということでスタートしましたが、最近は若い人にも岡山から羽ばたいてもらいたいということで、最近は、軸足を若者に動かして、学生も含めたイベントを開催しています。そういった経緯から、私は『どこどこの会社の“何”』といった感じでは、現在働いてはいないんです。

丸尾

今、メインでされている岡山理科大学のキャリア支援センターについて教えてください。

多田

学生たちの就職支援としてエントリーシートや履歴書をみたりしています。それからいろんな進路相談を受けていますね。進路相談からエントリーシートの中身をみて確認し、修正をアドバイスし一緒に創り上げ、面接練習まで行います。

丸尾

進路相談でよくある相談はどんなものが多いですか?悩まれている学生の方は多いと思いますが。

多田

そうですね。どこに行こうか、どうしたらよいのか、初めの第一歩をどう進めばよいのか悩まれている方は多いですね。
履歴書もどう書いたらいいかわからない学生も多く、白紙でもってくる子もいます。
なので『私はあなたの代わりに書くことはできないけど、一緒に書くキーワード探し、よいこと探しはできるよ。』など話をしています。

2自分の「夢」や「軸」がなくてもよい。

丸尾

大学の時点で将来が見えていない人は多いと思うのですが、そういった方にはどのようなアドバイスや、コーチングをしてあげるのですか?

多田

「色々な企業や業界を知りなさい」と伝えます。「色々な人に出会いなさい」とも。
そこから何か出てくるんじゃないかということです。
何も知らない部分で思い悩んでいても仕方がないので、やはり企業やそこで働く人の前に立ち、リアルな情報を得て、話を聞くことで、自分に合ったところが見つかると話をしています。

丸尾

提供しているサービスが面白そうなど、様々な選択の軸があると考えたときに、やっぱり実際に触れることが大切なのですかね。

多田

学生は知らないことの方が多いので、いろいろ知ることが必要です。知らない会社も多くあるので、そこを知ってみたらいいんじゃないかなと伝えています。

よく「夢」って何ですか?「軸」って何ですか?と聞かれるんですが、特にそれは必要ないんじゃないかなと伝えています。これから探せばいい、「夢」や「軸」を持っている人は持っているで良いことだけど、無くて思い悩まなくてもいい。自分の「夢」も「軸」もこれから探せばいいと話しています。

丸尾

キャリア支援センターとしては、学生の皆さんがどこかに就職を決めることが1つのゴールだと思うんですが、今の学生の皆さんの多くは、県内・県外両方を見ている方が多いのですかね?

多田

そうですね。県外へ出ていきたいと考えている人ももちろんいますが、最近は地元で働きたいと考えている学生が多いように思います。

3新卒時は、縁あって地元企業の営業職に。

丸尾

多田さんはご出身は岡山ですか?今に至るまでの経緯を教えていただけますか?

多田

私は、岡山生まれ、岡山育ち。そして私も丸尾さんと同じ長男です(笑)。それで岡山大学に進学して、卒業後は、地元企業(オハヨー乳業)に就職しました。
私の親も地元企業に就職したことを、とても喜んでくれましたが、最初の赴任先が高松でした。高松に1年、松山に1年、その後東京に赴任し、結果18年東京にいました(笑)。
なので、地元・岡山に戻ってきたのは20年後でしたね。それも今から思うとそれで良かったという気がします。
学生時代は「化学」を学んでいましたが、入社後は営業職に就きました。

丸尾

大学で学ばれた方面ではなく、営業職に就かれたのは何かきっかけがあったのですか?

多田

ずっとやっていた研究よりも、営業の方が面白いのかなと思ったのと、就職した地元企業に先輩が先に入社していて、学生時代、よく手土産をもって遊びに来てくれていたんです。その先輩の様子が何かいいなと思いまして。で、その会社を受けてみたら受かったので、そのまま入社しました。なので、今の学生のように何か調べたり聞いたりして就職したわけではなく、「縁」で決まった感じでした。就職は何がきっかけになるかわからないと思います。

そしてやはり縁というのはあって、回りまわって戻ってくると言いますか、育っていく感じです。例えば、私が会社をリタイアした時、声をかけてくださったことなど、縁のありがたさを感じます。昔作ってきたものが、今背中を押してくれたり、また引き寄せてくれたりといったことが本当にあるなと思います。

4営業や食品開発の仕事を通じて得たもの。

丸尾

就職されてからは、営業職だったとのことですが、具体的にどんなお仕事をされていたんですか?

多田

最初は高松で、当時、牛乳の販売店というところに牛乳の瓶などを配達していました。牛乳の瓶は、配達したら回収にいかないといけない。
夏は結構臭くて大変でした。大学を出て何でこんなことしないといけないんだと考えながら社会人がスタートしました。

丸尾

それは、かなり大変だったんですね(驚)。

多田

当時の冷蔵車は、氷を積んでいるんです。
最初、私は営業として入社したのでスーツを着て出勤したんですが、上司に「何でスーツを着て出勤しているんだ」と怒られました。
「え?」となりましたが、理由はすぐにわかりました。
車に積んでいる氷が溶けてスーツはドロドロになるんですよ。その日の夜、スーパーに行って作業ズボンとジャンパーを買った思い出があります(笑)。

丸尾

その経験を経て、その後どうなったんでしょうか?

多田

その後、東京での勤務となりました。様々なスーパーの本部や問屋さんに行き、商品を送り込むということをやりました。

丸尾

法人営業ですね?

多田

そうですね。その営業に従事した時間は結構長くて、面白かったです。
やはり都会で営業をすると、例えばコンビニに自分の取り扱う商品が入荷する、それが全国にどっと広がっていくじゃないですか。それは「おお!やった!」みたいな感じでとてもやりがいがありました。当時、関東にはそんなに商品がなかったので、とても良い経験をしました。

丸尾

なるほど。自分がやったことで、全国に商品が広まるのは、相当やりがいが大きいですね。

多田

高松に1年、松山に1年、その後東京支店に10年在籍し、そこから関連のあった製菓会社(カバヤ食品)に出向し、そこからは商品企画を担当しました。

丸尾

お菓子商品の商品企画ですか?

多田

そうですね。デザインや中身をプロデュースするような部署です。
とても面白く、その中でも一番楽しかった思い出がある商品があります。
例えば、「カリポリ」という商品で、スティック状のキャンディーなんです。キャンディーは「なめる人」と「かむ人」がいますよね。
かむ人にとって円盤状の形が、本当にいいんだろうか?
かむなら、ポキポキと食べれる、ポッキーのような形の方がいいのでは?と考えました。
例えば、のど飴を買っても、消費は喉が痛いときだけで、全部食べないまま結構残りませんか?

丸尾

たしかに。結構残りますよね。

多田

ヨーグルトやドリンクのようなものは、その日のうちに消費するんですよ。
そういったドリンクなどは半年かけて消費することがない。回転率がすごく違うんです。
なので、飴の回転率を上げるにはどうしたらいいのかと考え、回転率が上がりそうな商品を作りました。

スティック状の飴なので、どんな機械を使ったら生産できるのか生産技術の人とチームを作り、こうしたらできるんじゃないかと試行錯誤したことが面白かったですね。完成して、これは女子高校生にウケる!と売り出したけど、思ったより売れなかったんです。そこで、調査してみたら、ターゲットが女子高校生ではなく小学生だとわかったんですよ。

わかった時点で、小学生向けにシフトさせたら売れました。苦労して様々なターゲットを探し、見つけ、そこに合わせた商品をどう出したら売れたのかという経験が一番記憶に残っています。

5大手メーカーの取締役総務部長として。

多田

その後、転籍して岡山本社(カバヤ食品)で総務人事部へ移りました。

丸尾

企画から総務人事へと進むのが、社内的なルートなんですか?

多田

いいえ。たぶん違うと思います。
それまで何か新しいことを始めるときも、周りの人を巻き込んで提案してチャレンジしてきました。
なので、何か新しいことをやるときは、声がかかるようになったのかなと思います。
基本的には全てのことに対して、喜んでいきますという姿勢で楽しんで取り組んできたので、新しい自分に出会えたと思います。

丸尾

総務部長になられてからは、採用などが主なお仕事になったんでしょうか?

多田

そうですね。総務部長なので総務的なことを全てやります。
法律が変わっていきますから社内規定をどうする?とか処遇をどうする?とか、それと採用をどうするなどやっていました。

丸尾

沢山のエントリー者がいらっしゃったと思いますが、新卒の方も来られますか?

多田

私が総務部長になったときは、そうでもなかったです。
もっと地元に密着した良い方を採用したいと考えていたので、どうしたら学生がこちらを見てくれるかという事を考えていました。

丸尾

学生は、様々な企業を受けられるので、内定を出したとしても来てくれない可能性がありますよね。

多田

今は、そうですね。
なので、どうしたら来てくれるのか、どうしたら親密になれるのかという事は、こちらが機械的にやってもダメなんです。
なので当時、TwitterやFacebookを利用したり、YouTubeにて動画を公開してみたりして、会社と学生がどうしたら繋がれるのかという事に力をいれました。

丸尾

SNSで発信される以外にも、イベントなどもやられていましたよね。

多田

ええ。いろんなイベントもやりました。業者さんがやっているイベントもありますが、やっぱり私たちがやりたいことをやりませんかということで、様々な企業に声をかけ開催しました。それを全部Ustreamで配信したりして、より知ってもらいたいということをやってきました。

丸尾

SNSというのは、人間関係でもあると思うので、そのつながりを介して情報を発信するというのは、いわゆる広告とは違うのかなと思います。

多田

そうですね。やはり想いや繋がりが、最後「この会社にしよう」と決めていただけるところかなと考えてやっていました。
どうやったらもっと学生さんに知ってもらえるか、どうやったら興味を持ってもらえるかなとやっていった結果、そういったところになりました。

6これからは世代を超えた繋がりを。

丸尾

大学のキャリアセンターでのお仕事や活動を通して、実現していきたいことはありますか?

多田

私自身今まで企業という立場で採用に関わり、そして大学に来て、大学側から採用されていく学生を見ています。そして活動の中で、中学生とか高校生の方たちと会って話す機会も結構あるんです。そこから立志教育ということも力をいれています。
志を持って、これからの生活をしていくことで、誰か1人でも素晴らしい志を持った子が出てきて、世の中が変わるだろうと考えています。

小、中、高、大、そして社会人を対象にしたベクトル大学のような活動もそうですが、
そういう様々な年代の人たちに関わることができ、実際に志を持って、すごく頑張る子も出てきます。

多田

そして、志が中々持てない子もいます。そういう子には、「志とかそんなになくてもいいよ。これから探そうね」とか、「どんな人がいるか、見てからやろうね」と伝えます。
大学に入学して「僕、夢も何もないんですけど」という子がいますが、「いいじゃん。夢ってこれから探せばいいんだよ。夢って変わっていくものだからね」と話をして伝えています。

各世代で、夢や志の話をし、関わりができる、リタイアしてから、初めて人と人がつながったなと思います。
だから、いろんな年代の若者とそういう話ができて、関わることができる仕事をやらせていただけている私はとても幸せですね。

丸尾

素晴らしいですね。どんどん幅が広がっていますね。

多田

おかげさまです。
話をすることで、その人のバックボーンなり企業なり、いろんなことが分かってきます。

小学生たちへの立志教育というのもすごくいいし。
ベクトル大学も、岡山から世界を目指せる若者に向けて、「ちょっとかじを切ろう」と伝え、つながったなと思います。
産学連携も、やはり自分のつながりの中で、採用とか総務の経験からくる繋がりで、「じゃ、ここの大学の中のこの先生と結びましょう」というようなこともできています。
今まで動いてきたことが無駄じゃなかったな。結局、全部がつながっていたのかなと思っています。

7自分がもらった恩を次の世代につなげていく。

丸尾

多田さんが大切にされている言葉などありますか?

多田

「日々革新」です。
毎日少しずつ変わっていこうという事で、昔、社内報か何かに載っていた言葉です。
毎日少しずつ変わって行き、新しいことに取り組んでいくということが、とても良いなと考え、大切にしている言葉です。

丸尾

何か新しいことに常にチャレンジしやすい環境づくりというのは、意外とその周りの大人たちの仕事とか、地域の仕事でもあるのかなと思いますね。自分で考える選択肢を増やしていくような活動というのは、すごく大事だと思います。

多田

私の歳が60を過ぎてから、少し思うことがあるんです。
今まで受けたことをバトンのように渡していき、今の若い子の後押しをしていくことが、これからの私の仕事かなと。
自分でもらった恩を返していくということ。次へつなげていく。
そんな風に若者を育てていく、後押しをするのが、これからの私の仕事かなというふうに思っています。

よくミスマッチがあるじゃないですか。直接会って話をすると、みんなとてもいいところを持っているんです。だけど、それが上手に履歴書で表現できていない。履歴書を書いたら全然だめ。「君すごくいいこと言っているのに、どこに書いているの?もったいないよね」と伝えます。

そして良さを引っ張り出してあげ、それを伝え、認めてくれる会社に入社する。その中で彼らに成長してもらいたいなと思います。そのためには人とのつながり、人との縁がとても大事だと、私は考えています。

私自身、たくさん助けてもらいましたから。
大事なつながりを、どんどん若い人に持ってもらいたいなと思います。

縁を大切に、次世代のキャリアを支援。

岡山理科大学 キャリア支援センター コーディネーター 多田 章利

岡山理科大学キャリア支援センターコーディネーター。
岡山市生まれ。岡山大学を卒業後、オハヨー乳業、カバヤ食品にて商品企画、取締役総務部長などを経験。リタイア後は学生や、若者のキャリア支援、その他教育関連の幅広い活動をされている。

 

お話を聞かせていただきありがとうございました!「夢」がなくても良いとやわらかくお話しされる多田さんの姿勢は、これから時代の流れも急激になり、選択肢が多様化し、「正解がない」時代の今とこれからをどう生きるかに寄り添うものだと感じました。多田さんは世代を超えた繋がりと、寄り添いで、これからの生き方を見つけるサポートをされている、かえーる人でした。

 

取材日:2019年3月18日

撮影地:岡山理科大学(岡山市北区)

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